存在のない子供たち
Capharnaum (کفرناحوم‎)
PG12
スクリーン 1
上映開始日:9/12
上映終了日:10/24
レバノン、フランス
監督:ナディーン・ラバキー
ゼイン・アル・ラフィーア、ヨルダノス・シフェラウ、ボルワティフ・トレジャー・バンコレ、カウサル・アル・ハッダード
オフィシャルサイト
2018MoozFilms

存在のない子供たち

貧困にあえぐ家族、児童労働、基本的人権を持たない人々、移民の抱える問題、教育を受ける権利、児童婚、不法就労など、世界が抱える問題が何重にも重なって描かれています。

image

私たちが生きている世界の別のところでは、こんな現実を生きている人たちがいるのだと知ることは、辛いことなのか、己の境遇に感謝することなのか。心揺さぶられ、胸が締めつけられます。何かできることはないだろうかと考えて、私は主人公ゼインの100分の1すらの苦労も経験したことないのにおこがましい、と感じました。

この映画の舞台となっているレバノンを含む中東のことを少しだけ。

image

レバノンは中東の西側、地中海に面する小さな国です。世界最古の文明のひとつメソポタミア文明が発生した地域の西の端にあります。ローマ帝国、アッシリア帝国、バビロニア、マケドニア、イスラム勢力などに支配され、20世紀にはフランスに統治されます。そのため、レバノンの首都ベイルートは、「中東のパリ」を呼ばれフランスの文化の影響を受けています。

第二次世界大戦後にフランスから独立しますが、1970年代に内戦が勃発し、そこに隣国(レバンンの南にある)イスラエルが侵攻したり、アメリカ軍が介入したり、レバノンの東にあるシリアも軍隊を派遣して、最終的にシリアが紛争を鎮圧し20年近く続いた内戦が終わりました。(以降、シリア軍は15年レバノンに駐留しました)

image

写真左 レバノンの首都ベイルートのダウンタウン。
写真中 内戦の残した傷跡をいまだにはっきりとみてとれる建設途中だったHolidayInn。(2006年撮影) 
写真右 7000年も前からずーっと人が住んでいる世界で最も古い町の1つ、ビブロスの街並み。

中東の中でも海外の資本が多く入っている国で、私が訪れた2006年の時点で、スターバックスも、ハーゲンダッツも、マクドナルト、ピッザハット、KFCなどなんでもありました。イタリアンもフレンチもタイも日本食も中華も何でもあるし、メキシカンの安いテイクアウトでタコスも食べれ、看板は80%は英語で(残りはフランス語とアラビア語がちょっと、結構みんな英語話せる。)道を渡ろうとすると車停まって渡るの待ってくれたり、道聞いたりするとすぐに教えてくれるなど、人はとってもフレンドリーで親切でした。

image

レバノンの隣にあるシリアは、現在は非常に危険な場所だと思うのですが、2006年時点ではレバノンよりもさらに人々は優しく、街も綺麗で安全でとてもとってもいい国でした。シリアの首都のダマスカスは、「世界一古くから人が住み続けている都市」で、紀元前10000年くらいから人が定住しているそうです。

写真左 旧市街のモスクのタワー
写真中 旧市街の中のバザールは夜でも人がいっぱい
写真右 街の中にローマ帝国時代の遺跡と、イスラムのモスクと、現代的な建物が混在していました。

2010年代に起きたアラブの春からシリアでも内戦が発生し、多くのシリア難民を生み、隣国のトルコ、ヨルダン、レバノンなどに多くの国民が流出しました。その中には、難民キャンプから逃れて不法滞在者などもいて、そのような人たちは基本的人権を約束されていません。

映画の中で詳しくは説明されませんが、主人公ゼインの父親が病院に行くことができないという事実や、貧しい暮らしを強制されている境遇を裁判官などに理解できないだろうと言っているあたりから、ゼインの両親はレバノンで正式な市民権を与えられていないと考えられます。そのため、生まれた子供たちも「出生証明書」が与えられず(日本であれば、戸籍がない状態)、学校に行くことも、病院に行くこともできません。

image

主人公のゼインは、そのような状況の元で生活しており、学校にも行けず、子供なのに働かされています。どこにも「真実に基づく物語」と表示されなかったけど、こういう現実があるんだろうな、と伝わってきます。主人公の暮らしは、ドキュメンタリーを見てるようなリアリティがあって、本当に心揺さぶられ、胸が締めつけられました。

ゼインの横にいる女性の弁護士さんが、本作品の監督ナディーン・ラバキーです。この作品のために、3年間いろいろな人たちを訪れ話を聞いて、脚本を執筆しました。

image

観終わった後に、主人公ゼインを始め、エチオピアからの不法移民のラヒル、ラヒルの子ヨナスなど、ゼインの両親などは役者ではなく、これまで演技をしたことないどころか、不法移民やシリアからの難民など作品の役に近い人を配役した、とパンフレットで知りました。ドキュメンタリーのようにリアルに感じたのは、演技ではない、彼らの真実がそこには宿っているからなのです。

受賞はしていませんが、アカデミー賞外国語映画賞、カンヌ国際映画祭パルム・ドール賞(最優秀賞)にノミネートされています。(その年のカンヌでは『万引き家族』がパルム・ドール賞を受賞しました。)カンヌでは審査員賞を受賞しています。そのほか、英国アカデミー賞、セザール賞(フランスのアカデミ賞)、ゴールデングローブ賞など数多くの賞でノミネートされたり、受賞したりしています。

楽しい映画ではありませんが、観る人の心を揺さぶる彼らの真実が、映画という形でまとまられている素晴らしい作品。最後のワンシーンも最高にいいです。(ゼインの真実もパンフレットなどでご確認頂けるとさらに最高です)ぜひぜひ、劇場にてご覧ください。